2008年11月22日

本 - 博士の愛した数式 by 小川洋子

小川洋子著「博士の愛した数式」を読んだ。

元々は数学好きの同居人のために買ってきて置いてあった本である。
たまたまテレビで番宣を見て何となく興味を持って読み始めた。

事故で80分の記憶しか持てなくなった数学博士と家政婦さんとその息子さんの話しである。様々にちりばめられた数字の世界が美しい。

特に気に入った表現がこれ。
eのπi乗+1=0という式を「予期せぬ宙からπがeの元に舞い下り、恥ずかしがり屋のiと握手する。彼らは身を寄せ合い、じっと息をひそめているのだが、一人の人間が1つだけ足算をした途端、何の前触れもなく世界が転換する。すべてが0に抱き留められる。」

文章が美しく、博士の80分の記憶が壊れていくのがさみしくて、読み終わってもの悲しく、考えにふけってしまった。

余談だが、私は数学が大の苦手で、高1と高2の時は数学の勉強を拒否して高3になって3年分勉強した。
大学に入ってからは授業が全くわからず、追試の前に先生に「私は勉強しても数学は出来ません。こんな学生を留年させても無駄だと思うので通してください。」とお願いしに行った。
先生は苦笑いして呆れていたけど最低点で通してくれ、私が奇跡的に留年しなかったのには実はこんな背景があったのだった。

「博士の愛した数式」を大学時代に読んでいたらきっと数学に対する印象もずいぶん変わっていただろうと思い、本を閉じた。


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2008年11月21日

同居人の新彼女

ここ数日、非常に具合が悪い。
新しく彼女を作った同居人が約束していた夜に帰ってこなかった。
お互い男女としての関係は終了したと理解しているはずなのに、やっぱり同居人がいないと、一人ぼっちで留守番している気分になる。うつ病がひどかったときの、強い依存症が表れてきたような感じになる。何とかならないだろうか。

私は「働く」ということにそれなりの尊さを見出している人間のようで、新卒のとき自分の前に敷かれていた堅牢な美しい線路から脱線してしまった今であってもまだ「ちゃんとした」人生を取り戻そうと四苦八苦している。他の人と同じ時間は働けない自分を情けなく思いもするし、仕事内容的には頑張っている自分をほめてあげたりする。

だから同居人の新彼女が好きになれない。
地主の娘で24にもなるのにまともな職に就いたことがない。水商売をやっていて、ライブハウスでアルバイトして、やっぱり「お金になんないから」水商売に戻るらしい。

同居人ががんとして「彼女が自分で買ったんだ。」と言い張る高価なブランドもののアクセサリーや鞄。ありえないから。
昨日はとうとう「結婚するならA子だ!」と言いだした。

そんな訳で私たちはしょっちゅうけんかする。

でもけんかは続かない。
私たちは家族のような絆でつながっているから。
それがいいのかどうかも、今はわからないのだけど。
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2008年10月15日

自分が何を残せるか、ということ

10ヶ月ぶりのブログである。
この間に何があったかはおいおい書くとする。相変わらず派遣ではあるものの、今は大手外資系証券会社で働いている。

何度も中断するブログを再度書こうと思ったきっかけは友人であるミュージシャンの言葉であった。
彼は比較的安定した収入をもたらしてくれるバンド、いわゆる箱バンを辞めようと考えている。
「今の演奏を続けていても残せるものが何も無い。僕は自分の作品を残したいんだ。」

彼は自由人である。結婚もしていない。子供も欲しくない。そして箱バンをやめ、月収10万円台の生活になることを厭わないそうだ。

彼のことを割と尊敬している私はいつも彼の言った言葉を考えてしまう。
私には何が残せるだろう・・・。30代後半、夫無し、当然子供無し、高収入無し・・・。
金融機関で総合職として働き、得ていたそれなりの収入や地位は、病気でつまずき、失ってしまった。7年かけてやっと回復し、何とか人並みに働けるようになったものの、失った人生は取り戻せない。ただのサラリーマンでしかなかった私にできることはあるだろうか?

そのとき読んでいた小説に答えを求めた。主人公である青年は幼い頃に亡くなったおばあちゃんの思い出を捨てず、おばあちゃんの日記を繰り返し読んでは読んでは彼女を思い描いていた。彼の中で「亡くなったおばあちゃん」は生きていたのである。

私も日記を残そうと思った。将来、私が生きていた証はなくなってしまうかもしれない。でもネットの中に浮かんだ私の日記は、もしかしたら子孫か、遠縁の親族か、親友の子供か誰かが発見して読んでくれるかもしれない。そのとき私はもう一度生き返る。

何か、生きてきた証を・・・。
posted by marimari at 00:00| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月19日

音楽 - Let it be on vocal T-san

REOの、ベース&ボーカル、Tさんの歌第2弾。
昨年9/25、とても悲しいことがあったときにリクエストして歌ってもら
ったLet it be です。その日にふさわしい曲のような気がしてリクエストしました。今日聴いてみてそのときのことを思い出しました。

再生ボタンは一度でかからなけらば2回押してください。



Let it Be: The Beatles

When I find myself in times of trouble
Mother Mary comes to me
Speaking words of wisdom, let it be.
And in my hour of darkness
She is standing right in front of me
Speaking words of wisdom, let it be.
Let it be, let it be.
Let it be, let it be.
Whisper words of wisdom, let it be.

And when the broken hearted people
Living in the world agree,
There will be an answer, let it be.
For though they may be parted there is
Still a chance that they will see
There will be an answer, let it be.

Let it be, let it be.
Let it be, let it be.
Yeah, There will be an answer, let it be.

Let it be, let it be.
Let it be, let it be.
Whisper words of wisdom, let it be.
(instrumental break)

Let it be, let it be.
Let it be, yeah let it be.
Whisper words of wisdom, let it be.

And when the night is cloudy,
There is still a light that shines on me.
Shine until tomorrow, let it be.
I wake up to the sound of music
Mother Mary comes to me
There will be no sorrow

Let it be, let it be.
Let it be, yeah let it be.
There will be and answer, let it be.

Let it be, let it be.
Let it be, yeah let it be.
Whisper words of wisdom, let it be.


私が苦しんでいるとマリア様が現れて賢い言葉をおっしゃる 
「あるがままに」

そして私が暗闇の時の中にいるとマリア様は目の前にお立ちになり賢い言葉をおっしゃる
「あるがままに」

心を砕かれてしまった人々が同じように言う答えが一つある
「あるがままに」

というのも別れてしまうかもしれないがそれでもまた会うチャンスがあるから
答えが一つある
「あるがままに」

答えが一つある
「あるがままに」

曇り空の夜でも私にあたる一筋の光がある
輝き続けなさい 明日まで
「あるがままに」

目覚めると音楽が聞こえるマリア様が近づいて来られ賢い言葉をおっしゃる
「あるがままに」

答えが一つある
「あるがままに」

賢い言葉をおっしゃる
「あるがままに」


Let it be とは
「運命は神様がもう決めているのだから、悩むことなくそのままを受け入れなさい」
という意味だそうです。
ラベル:Let It Be
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2008年01月18日

TIME7題勝負 - 08/1/21号 Tone Language.



08/01/21TIME誌より、Tone Language. In Japan, cell phopnes are the novel way to read and write books

<タイトル>
タイトルのtone languageで早くも詰まる。直訳すると音調言語、「言語は明らかな抑揚を持つものと,それ以外に分かれる。中国語や西アフリカのヨルバ語などの「音調言語」では,抑揚の違いで単語の意味が違ってくる。例えば中国語では,「マ」を高音で平坦に発音すると「母」の意味となるが,低音から尻上がりに発音すると「馬」を意味する。これに対し英語の場合,抑揚は感情を表すことはあっても,意味には影響しないのがふつうだ〔この区分の有名な例外が日本語で,箸と橋など,音節(専門用語でモーラという)の抑揚によって単語の意味が異なってくる場合がある〕。」とのこと。

サブタイトルが「日本では携帯が本を読んだり書いたりするための新しい方法になってきた」なので音調言語ではちょっと変だ。
苦しいが「言語の傾向」と訳そうか。

<要約>
日本では携帯電話を使って書かれた小説がベストセラーになっている。作者、読者は10代から20代の女性。大手出版社の調査によると2007年フィクション部門でベスト10のうち5冊までが携帯小説を出版したものだという。低迷が続いている出版業界では新たな携帯小説作家の発掘に躍起である。
しかし携帯というメディアによる制約を受け、会話や描写はシンプルで内容さえもありきたりだ。
「ほとんどの携帯小説はラブストーリー。たいてい主人公が初恋の相手を失い、次の愛を見つけるために様々な困難に打ち勝つというもの」
「ほとんどが個人の体験談ばかり」
それでもこういったことは携帯小説の読者にとっては問題にならないようだ。
ある女子学生は携帯小説を中傷され怒りをあらわにこう書いた。「なぜあなた方は私を感動させる小説を書かないの?」
日本の既成の文壇の、この問いに対する答えはまだない。


英語力UPのためにTIME誌の購読をスタート。飽きっぽい私には、放っておけば未読のTIMEの山ができることは目に見えている。

いい英語の文章を読むこと、それを要約することは、とてもいい訓練になるとどこかに書いてあったのでブログ上でやってみることにした。
昨夜寝ながら読んでいた記事を今朝、早速書き出してみる。
結構難しいです。

TIME7題勝負とは1週間に一度TIMEが届くので、一日一記事は読みましょう、という努力目標です。
ラベル:Time
posted by marimari at 08:06| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 本、メディア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月12日

機械の気・持・ち

今朝は珍しく7:30に起床。燃えないゴミと資源ゴミの日だったのでせっせとゴミを集め、段ボールをつぶし、捨てられるものは全部捨てた。
8:30、今日は勉強ができそうだとうきうきしながら、インク補充のランプがついていたプリンターを相手に注射器でちゅーっとインク充填。

さて、試し刷り。
あら?何度クリーニングしても昨日までちゃんと印刷されていたブラックとイエローが出ない。「また修理か?」とイライラ気味にネットサーフィン、「究極のヘッドクリーニング」というサイトに目をつける。インクヘッドをはずして洗浄しちゃいましょう、という怖〜いサイトである。当然「失敗しても知りません」と書かれている。

ドライバー片手に格闘すること3時間。インクヘッドをサントリー角で洗浄するも(アルコール洗浄が良いと書いてあったから)、今度はブルーも出なくなり、ピンク印刷が仕上がった。
おまけに両手ともインクで汚れて、お風呂で頭をごしごし洗っても取れないぐらいしっかり爪の間がブルーになった。

気分もすっかりブルーになり寝込む。

その後、原因を考えて、納得した。

私は機械には気持ちがあると常日頃思っている。だから自分が使うパソコンやプリンターには立ち上げるときは「おはよう」、落とすときは「お疲れ様」と心の中で言っている。時々は声に出して話しかけてもいる。
そのせいか、前に勤めていた会社で、同僚のノートパソコン(会社の支給品)が次々フリーズしても私のノートパソコンはけして固まらなかった。私はよく「いい子だね」となでなでしてあげていた。

プリンターに話を戻そう。
先日友人Kにつられて新しいプリンター(キャノンPIXUS MP970)を買ってしまったことは書いた。買っては見たものの、今までのエプソンPM-940Cに問題があるわけでもなく、キャノン君は玄関先に放置されていた。
実家の父からギザギザの宛名印刷で「プリンターの調子が悪い」と年賀状が来ていたので、エプソン君を譲ることで父と話が付いたのが昨日。
エプソン君にしてみれば「今まで一所懸命印刷してあげたのに」と不本意だったに違いない。ストライキを起こしたのである。

かわいそうだなあと思いつつ、修理するか、父に新しいのを買わせるか悩む、が、以前もインクヘッドの故障で15000円くらいかけて修理をしている、5年落ちの型だ。父にはキャノンの下位機種を買ってもらうことにして実家近くのキタムラで手配した。17800円也。

そしてため息つきつつ、キャノン君をセッティング。危惧していたことだが、エプソン君用に作成したDVDのプリント用ファイル(.ep3)は当然キャノン君では使えず、フリーの変換ソフトなども転がってはいなかった。またブルーになる。

そして考える。考えた末、今までキャノン君があったところに一時放置されたエプソン君に話しかける。
「ごめんね、今まで頑張ってくれたのにね。ちゃんと修理してあげるよ。それまで玄関先で寒いけど、我慢してね。」

あー、私ってちょっと変だ。
エプソンを修理しても多分使わないし、今月はお正月休みがあったから給料少ないし、同居人もたまたまメインのスカーフェイスプロジェクトの本数が少なくて、二人合わせて-8万くらいになる計算なのに。

多分修理に出すのはしばらく先になると思う。もしかしたら心変わりするかもしれない。でも少なくとも今の気持ちのままでは廃棄できない。

機械の気持ち、私の気持ち。
posted by marimari at 21:00| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月09日

目指せ翻訳家 - 初めの一歩

年賀状に「新しい夢ができました」と書いた。
それはリーガルの翻訳家になること。さらには通訳にも。

きっかけは多分前の事務所で日本語の契約書が修正された箇所を英文契約書に反映させる、という仕事をさせてもらったこと。法律の専門用語の訳し方がわからず、悪戦苦闘したものの、とても面白かった。

それと、今の事務所に入るとき、面接で私の略歴を聞いたOA(オフィスマネージャー)が、「それなら翻訳をやってみない?」と言ってくれたこと。勤務初日に翻訳のテストを受けさせてくれて、合格。結局まだ実務経験がないから&私としても朝から働くのは無理があるから、ということでその話は流れたが、漠然と翻訳を今後の仕事にしたい、という思いは残った。

年末、以前から気になっていた日本最大の翻訳家ネットワーク「アメリア」に入会。年始にパスワードが届き、早速チェック。ボランティア翻訳に登録し、仕事も一つ応募してみた。

1/7にトライアルの英文が届く。「英語を逐語的に訳すのではなく、日本語として読みやすく、説得力のある文章に」という指示がついていた。一つは広告、一つはインタビューの文章で、短いものではあるが日本語としてスムーズに読めるものにするため頭をひねる。夜に返送するも次の日あっさり不合格。早々都合よく行くはずなく、また他のアメリア会員さんの話を読んでも「初めは不合格ばかりだが…。」ということだったのだが、ここは初心者の強気というかずうずうしいというか、どこがいけなかったのかまったくわからず、「どうぞ不合格の理由を駆け出しのかの字にも至らない翻訳家志願者に教えてください。」とメールを出す。

そして今日の朝、電話がなる。
「O社のOですが。」
なんと、担当者(そして代表取締役)自ら電話をくれたのだ。
メールに返信しようとしたが電話のほうが早いと思って電話したとのこと、訳文を手元にプリントアウトしてかけ直してくれと言われる。
あわてて準備をして電話。
「こんな風にアドバイスしてあげても私には何の得にもならないんだけどね。」と言いつつ、30分もびっちりアドバイスをくれた。訳文は赤だらけである。
訳が論理的でない、日本語の感性が足りない、ものすごくうるさい他人の目で訳文を読み返しなさい、など自分では気がつかなかったポイントを次々指摘され、どれも納得できるものばかり。
「ここまでしてあげたんだから、再提出しなさい。」と言われてははーとばかりに頭を下げる。

ああ、なんて素敵な人だろう。
ほんとにその人には何のメリットもないのに、見ず知らずの私に明快な道筋をくれて。

涙が出るほどうれしかった。私の翻訳家への道はすばらしい第一歩になった。

Oさんの指示に従い赤をいれた原文は、きちんとカラーコピーをとり、永久保存版となった。
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2008年01月08日

六本木で秘書 - 事務所で同窓生に会う。

お正月休みボケが覚めやらず、ほけーっとしている私に「お茶だし手伝って〜。」とHさんが声をかけてきた。
ほい来た!とばかりに会議室へ入ると、そこには知った顔が…。
大学時代吹奏楽部で一緒にサックスを吹いていたS君らしき人。彼は他のクライアントと話をしていたので、そのまま会議室を後にし、会議終了後に弁護士A.M.に聞いてみた。

A.M.も驚き、「へー、じゃあ、Sくーん!って話しかければよかったじゃん。」(←外国人の日本語、やたらこなれている。)

S君はT大法学部卒のエリートで卒業後は当時大手都銀だったS銀行に就職した。S銀行がUになり、Mになり、出向か異動かは知らないが某M商事の法務として事務所にやってきたそうだ。

片や大手商社のエリート、片やお茶だしレディ。うーん。まあ、そもそも大学時代から片やピン学部、片やキリ学部、っていう差はあったんだけど。
全然動揺しなかったって言ったらうそになる。でも私が卒業して初めに就職したJ公庫は、たとえ病気にならずに今も勤め続けていたとしても、何年も前から学ぶものは何もなかっただろう(っていうか、公庫廃止らしいし、あ、もう無い?)。だからどうあがいてもS君レベルにはなれなかったに違いない。

「過去のことはあれこれ悩まない」、というのはつい忘れがちだが心がけていることである。

私には私の人生がある。きっと。
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2008年01月07日

本 - 反転 闇社会の守護神と呼ばれて by 田中森一 

元特捜検事・弁護士田中森一による「反転 闇社会の守護神と呼ばれて」を読んだ。私が法律事務所に勤めていることを知って行きつけのNiceなカウンターバー、日登美のマスターが貸してくれたのである。

帯に「伝説の特捜エース検事はなぜ「裏」世界の弁護人に転向したのか。」とある。著者は石橋産業事件をめぐる詐欺容疑で東京地検に逮捕、起訴され、現在上告中だそうだ。

普段私は割と本を読むのが速く単行本程度であれば2,3日といったところなのだが、著者の赤裸々な極貧生活の描写、晴れて検事となってヘリコプターで凱旋里帰り、弁護士になって湯水のようにお金使いたい放題(バブルの時だから)などの、自己顕示したがる感じの語り口にはどうもなじめず、前半終えるのに時間がかかってしまった。

しかし、今まで勤めた法律事務所はすべて渉外事務所ということもあり、検察庁の裏側、政治家と金、フィクサーの存在など、唖然とすることも多かった。また株で損している私にとっては、仕手筋の手法など興味深い面もあった。

著者が弁護士に転向した理由は、(私のつたない描写で申し訳ないが)、東京地検特捜部に配属となり、事件に向かうに際し、事件の筋書きはあらかじめ上層部や政治の絡みで初めから決められている、その筋書きに沿わない調書を取っても上層部に書き直しをさせられる、検察とは正義ではなかったのか・・・、ということのようである。
読んだ限りでは検察庁の実態にあきれるばかりであり、転向の理由というのも納得させられた。

だがしかし、彼の生きている社会に踏み込みたいか、共感できるか、と聞かれれば、否、である。必要悪?そんな言葉が頭をよぎり、重い気分になった。

posted by marimari at 10:31| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(1) | 本、メディア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

年始年末の楽しみ。

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事務所が1/4も休みだったため12/29〜1/6の長〜いお正月休みだった。
休みに入る前はあれもしたいこれもしたい、と考えていたのに結局何もできず。三が日に体も心も調子を崩していたこともあり、ずるずると朝寝夕方起きの生活が続き、戻ってきたのは今日になってしまった。

久しぶりのまともなお正月休みである。
2005年は翌3月には退社することが決まっていたし、2006年は12月で派遣打ち切りだったし。みんなと一緒に休んで、みんなと一緒に仕事って、私にはちょっと幸せ。

12/21、法科大学院時代の友人に誘われて忘年会。一年しか、それも休み休みにしかいなかったのに、誘ってくれる友達に感謝。残業で23:30頃合流した私を快く迎えてくれて、結局3時過ぎまで。吉祥寺に住んでいる友達と一緒にタクシーで帰ってきたのだが、東中野まで4000円弱であるところ、吉祥寺まで9000円ということで驚いた、遠いのね〜、引き留めてごめんなさい。

12/22、久しぶりの銀座ケントス。移転してものすごく広くなった。早めに出かける同居人と共に銀座に着き、銀ブラ。あいにくの雨だったものの、とても楽しかった。終電で帰ってこようと思っていたが、ライブ友達に「最後までいようよ。」と言われてラストまで堪能。またタクシー帰り。

12/27、イブニング仲間と3人で忘年会(写真)。初めての夜の六本木遊びだ〜。初めに行ったバーはうるさいだけであまり楽しくなかったが、カラオケに行くことにして、英語の歌で盛り上がる。スカーフェイスプロジェクトのおかげでいろいろ曲を知っていて、「Mari! Good!」と喜ばれた。またタクシー帰り。

12/29、REOのライブ&リーダーTEさんのBirth Day&大忘年会。朝7:30くらいに新宿をあとにするも、同居人がラーメン食べたいと言い張り、朝のデニーズへ。モーニングセットしかありません。


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12/31、毎年恒例、箱崎ロイヤルパークホテルにて、REOのカウントダウン。ここのビュッフェで出たごちそうをこっそりタッパーに詰めて帰ってくるのも恒例。お正月の大事なお食事。

1/1、年賀状を出す。すいません・・・。

これだけ遊べば調子も狂うでしょう。年明け早々、寝込む。

1/5、一日遅れののだめカンタービレを楽しむ。

1/6、やっと外へ。といっても電車で二駅の新宿へ。セールやらウィンドウショッピングが目当てだったが結局、お目当ての品はなく、いつものくせでヨドバシカメラへ。Lanケーブルが目的だったのだが、年末に友人Kが高機能プリンターを買う、といっていたのにつられてしまって、プリンター売り場へ。年末に大量に仕込んだ在庫を安値販売しているはず、との読みはあたり、かなり高性能のものを3万円弱でGet。
夜はキムチ鍋をつつき、二日目ののだめカンタービレを見るも、外出したせいか、途中で寝てしまう。夜中にふと目を覚ましたら、同居人がエロTVを見ていた。

今年の抱負は、ぼちぼち頑張ること。
でも3/3の慶應のレポート提出日に合わせて勉強もしないといけないし、英語も頑張らないといけないし。

焦るとつい頑張りすぎるから、頑張りすぎるな、私。

ラベル:日記 正月 休み
posted by marimari at 06:12| 東京 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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